俺は奴隷じゃない 無力な消費者と無力な労働者からの脱却

Terve!
こんにちは、ロニーです。

ブログタイトルの過激さが気になりました?
別に愚痴とかじゃないですよ。

むしろ最近は公私ともに落ち着いていてちょっと余裕が出てきました。

 

愚痴って程でもないですが、
本職のアプリ保守の仕事の方では依頼窓口の管理を任されたことから急激に忙しくなり、
17:30定時に仕事を終わることが難しくなってしまいました。
労働者は自由がなくて辛いですね。

 

さて最近は読書の秋が如く、読みたい本をガツガツ読み漁ってる日々です。

仕事と家事育児とで余裕のある時間は極めて少ないのですが、
スキル・知識を仕入れる意味でも、
またそれ以上に人間性を磨く上でも、
読書は欠かせませんよね。

 

僕は普段、技術書から哲学書、料理本まで色々読みますが、
とある書籍が自分の考え方や読む本選びに大きな影響を与えています。

それがカール・マルクスの『資本論』

古典だし、近年よく注目されていることもあって、有名でどメジャーな本ですが、
自分の人生を向上させていくためのヒント、
人生の攻略本として、ここまで有用な本はないと思っています。

自分のこの歳、現時点の思想を一旦まとめるために、
『資本論』にたどり着くまでの道のり、
『資本論』の概要のおさらい、
そして『資本論』の概念をもとに、どのようにすれば無力な消費者であり無色な労働者である状態から抜け出し、自分にとって幸せな生き方を得られるのか、について、

今日は紙幅を取って書いていこうと思います。

長文となりますがお付き合い頂けたら、
あなた自身の人生をよくするヒントが何か得られるかもしれません。
ロニー如きがなんか偉そうに言うらしいな?って筋トレしながらでも読んでもらえればと思います。

■資本論にたどり着くまでの道のり

『資本論』までに辿った本など

カール・マルクスの『資本論』の存在についての認識は、
遡ると高校の世界史の授業や倫理科目で触れたのが初めてでした。

なのでみんな一度は学生時代に触れてるはずですね。

うちの高校は倫理の授業や先生がいなかったので独学なのですが、
受験勉強のために選んだのは良い選択だったと思っています。

 

『資本論』の主題である「資本主義」については、多分歴史とか現社の授業で触れたんじゃないでしょうか。
僕が全然覚えてないのは、多分当時はきちんとイメージ出来てなかったからだと思います。

資本主義に関しては、バイトするとか一人暮らしするとか、
そういったお金を稼いで自活するための労働を一度経験しないと自分事に考えられないので仕方ない気がします。

 

思えば、中学校時代から僕は経済に関する事柄に抵抗感を覚えていました。

父がいつも、
「世の中金がすべて」
「働かざるもの食うべからず」
「金持ちはみんな悪いことをしている」という主張をしていたので、

真面目がモットーの昔の自分に、
「お金を稼ごうとすることは悪」→「良い人間でありたいからお金は追い求めない」
という気質が染み付いてしまったのだと思います。

しかし社会人になってみれば当然生きるために必要な金銭とそれを取り巻く仕組みからは避けられないことを痛感したので、
23歳くらいの頃だったでしょうか、
社会人としての常識を学ぶ意味で、経済やお金にまつわる勉強をし始めたのでした。

 

小説、児童書、魔術関連の本の類を除いたもので僕が本を読むようになった起点は、
本田直之氏の『レバレッジ・リーディング』なのですが、そこから、

『アメリカの高校生が読んでいる 金融の教科書』 (山岡道男、浅野忠克)
『金持ち父さん 貧乏父さん』シリーズ (ロバート・キヨサキ)
『知らないと恥をかく世界の大問題』シリーズ (池上彰)

などを辿って、

『資本主義の終焉、その先の世界』 (榊原英資、水野和夫)
同じく水野和夫の『資本主義の終焉と歴史の危機』
を読んで資本主義経済の理解を深め、

佐藤優の『いま生きる「資本論」』と、
池上彰の『池上彰の講義の時間 高校生からわかる「資本論」』
でようやく原典となる『資本論』の存在に辿り着きました。

遂に本丸、カール・マルクスの『資本論』に手を伸ばしたのです。

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資本論を読むための前提

『資本論』に取り掛かったものの、
これが恐ろしく難解。

他の本でも『資本論』は難しいぞと脅されていたけれど、もう本当にそう。
字面を追っても全然頭に入ってこない。
俺はこんなに頭が悪かったのか!

大学1年の時に大江健三郎の『新しい文学のために』を読み解く講義を受けて、
その時に「ほげーー読むのが難しい本ってあるんだなああ」と感じましたが、
久々にそれを上回るえげつない本に出会いました。

さて、マルクスの、『資本論』。

序文とか改版に宛てた文などが最初に大きくページを取っていますが、
この時点で眩暈がしてきます。
「何言ってんだコイツ」って心から思いました。

知らない単語、歴史的背景、人物、書籍名などの固有名詞が次々と登場し、
詩的表現も多い。

文章も一文一文がやたら長い。
「区切れよ!」
「分かりやすく言えよ!」
ってイライラしてきます。

参考書として向坂逸郎, 宇野弘蔵 編の『資本論研究』を片手に取ったものの、やはり中々進まない。
俺はこんなに頭が悪かったのか!
(『資本論研究』は図書館で借りたので都度返却せねばならず気長に読めないというのもあり。)

そういったわけでそっと『資本論』を閉じて
それを読むための前提知識を得る旅に変更しました。
その旅はまだ終わってません。

 

マルクスが影響を受けた著作を調べると、以下が出てきました。

ヘーゲルの『精神現象学』
マックス・ウェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』
アダム・スミスの『国富論』

他にもフォイエルバッハやリカードの辺りも押さえておかないと理解しきれない気がしました。

 

で、手始めにヘーゲルの『精神現象学』を手に取ってみたものの、これもまたチンプンカンプン。
俺はこんなに頭が悪かったのか!
もしやマルクス爺、この文体からも影響を受けているのか?

再度方向転換、
一足飛びをやめて、きちんと西洋哲学を頭から追っていく方針にしました。
ギリシア・ローマ神話、そしてソクラテス、プラトンから。

その間、大ベストセラーになって今や超有名人でもある斎藤幸平氏の『人新生の「資本論」』が出たりして色々寄り道はしていますが、
基本的には『資本論』完読を目指して順を追っている形になります。

今年2023年の1月に、同じく斎藤さんの『ゼロからの『資本論』』が出まして、
これは今まで読んだ中で最も『資本論』の概要、論理を掴む上で僕は分かりやすく感じました。

この『ゼロからの『資本論』』は単に『資本論』だけを解説するわけではなくて、
マルクスが『資本論』の執筆以降、その完成を目指す中で晩年に研究してたどり着いていた思想にまで詳しく言及しているので、
『資本論』解説というよりもマルクス思想の解説と言った方が適切かもしれません。

 

いずれにせよ、『人新生の「資本論」』と併せて、全ての人に読んでもらいたい一冊です。
難しくないので怖がる必要はないと思います。

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あ、ちなみに堀江貴文氏の『新・資本論 僕はお金の正体がわかった』も読みましたが、
これは資本論に全く関係ありませんでした。

■資本論の超概略

僕の考えを書く前に、資本論について1ミリも知りません、という人のために、
超概略を書いておきます。

僕は一介の読者でしかないので、詳細な解説はできません。
ちゃんと知りたい人は、『資本論』や関連本を読みましょう!

 

今あなたもロニーも、日本人をはじめ、多くの国の人たちは資本主義経済の中で生きています。

資本主義経済というのは、経済体制のひとつの形です。
王様など領主が治めていた封建体制の後に登場した経済の形で、
社会主義と対をなすように解説されます。

土地、資源、お金などはすべて資本です。
この資本を持つ人が資本家です。
株をやってる妻クルタさんは彼女の友人に「資本家に食わせるカレーはねぇ」とまで言われたそうです。
金融資産も資本です。

「資産」は流通させられるお金とか物品のことを指すのに対して、
「資本」は資産を再生産させるのに使えるものを指します。
まぁ今ここの文脈では同じ意味で捉えても大丈夫だと思います。

 

資本主義経済ではこの資本を個人が所有することが認められていて、
個々人が自由に、自分が持つ資産を売り買いしたりできます。
みんな食べ物とか機械とか家とか自由に売り買いできますよってことですね。
ロニーですら自由に労働者を雇って生産することが出来ちゃいます。

一方、社会主義経済では個人が資本を持つことが許されていなくて、
資本は国有だったり公有だったりします。
なので生産活動、例えば麦を育てて売る、パンを作って売るといった活動はみんな国などの指示の上で行われます。

旅に行ったとき、キューバで安く食材を買おうとスーパーを探したことがあるんですが、見つけられませんでした。
ないんですよね、自由に売り買いできる場所が。キューバは社会主義国なので。

ようやく首都の中心部で小さい商店を見つけたんですが、商店というよりも倉庫の受付みたいな形でした。
行列を作って受付に並んでるお客さんが欲しいものを伝えて、通貨だと思うんですが、何か渡して、お店の中にある商品棚の油とか缶詰とかそういったものと交換していました。

これが社会主義国のやり方かー!と腑に落ちた瞬間でした。

「トマト」とか「塩」とか「サラダオイル」みたいな無機質なラベルが貼られた、
画一的な容器の商品が並んでるお店は異様な雰囲気で面喰いましたね。

観光客は国民じゃないので、レストランとかカフェとかで観光客用の食べ物を買わないといけないので安く済ませることが出来いようです。(そもそも通貨が違いますし。)

ハバナの商店に並ぶ人々

並ばないと物が買えない。

この資本主義という体制はどういったものなのか?
どういう風に生産が行われ、どういった特徴を持つか、どういった弊害があるのか、
この先どのような経緯を辿るのか、といったことを、マルクスとその盟友エンゲルスが研究してまとめたものが『資本論』です。

『資本論』は3巻あって、マルクス自身は1巻を書き終えてから続きを書く途中で病死します。
マルクスのノートに書いてあったネタや下書きや言っていた思想を、エンゲルスがまとめて出したものが残りの2巻です。

ハバナの街並み

ハバナの街並み

資本主義で特に重要なポイントが「労働力の商品化」です。

マルクスは、資本主義の中ではあらゆるモノが商品化されていくと言います。
それは麦とか鉄鉱石のような物の原材料だけでなく、
土地、時間、ロニーの労働力のような抽象的なものも含みます。

人は労働をする能力、つまり労働力を持っていて、
この労働力を商品化し、資本家に売って働くことで賃金を得ます。

資本主義はあらゆるものが商品化され、お金と変えられる仕組みとも言えるのです。

 

資本家は土地や設備のような資本を持つため、労働者を雇って働かせ、そこで生まれた価値から給与を労働者に支払います。
そして経費を差し引いた利益を懐に入れてさらに資本を大きくします。
労働者が生み出した価値から賃金を払った差額を資本家が得ることを「搾取」と呼びます。

労働者は基本的に自分の労働力以外に価値を生産する資本を持たないため、資本家の下で働き続けることになります。

例えば僕は今いきなりエンジニアとして独立して食っていこうとしても、顧客も抱えてないし、みんなが買いたいと思うアプリを所有してもいませんので、「言われたことやるからお賃金くださいいいい」と頼むほかないんですよね。

そしてお金が生み出せないと、家も土地も持ってなくて賃貸に住んでるので、早晩路頭に迷うことになります。コニーをまだ俺のせいで迷わせたくない。

 

賃金は基本的に、労働者が生き続け、翌日も来年も働き続けるための糧を得る最低限の金額に落ち着きます。

したがって、資本家はお金がどんどん増えていくループになり、
労働者はずっと働き続けるループに陥ります。

資本主義は格差を生む、と言われるのは、このループが続いていくためです。

 

資本主義経済では個人も企業も自由に競争して資本の増大を目指すので、
あらゆるモノやサービスの質が上がっていきます。

そうすると基本的に人間の社会全体は豊かになっていきます。
美味しい食べ物が作られ、便利な道具が作られ、
住まいも街も薬もグレードアップしていきます。
投資が盛んに行われるのでイノベーションも起きやすく、社会変革を起こすテクノロジーの発展も目覚ましい。

2018年の旅の際、ロシアからフィンランドに国境を超えるときは驚きました。

それまで森は荒れ放題で、道路がボロボロだったのが、
国境を越えてフィンランドになった途端に、森の木々も道路も家々も綺麗になったんです。

競争原理が働いてみんながより良いものを追い求めるとここまで変わるのかと。

そのフィンランドですらまだロシア的な社会主義の影響が大きいので、
牛乳パックを落としたら卵のようにパーーンとはじけるように破れたり、
逆にポテチの袋が固すぎてどれだけ頑張っても開かないというような不便さが残ってます。
家の窓の端っこの枠材が変に飛び出たまま施工が終わってるとか。

日本ではそういった不便さは競争原理でどんどん淘汰されるのですごく生活しやすいです。

シベリア鉄道の車窓から見える景色。

シベリア鉄道の車窓から見える景色。

しかし資本主義にはその代償もあります。

資本家が個人で使いきれないほどの資産を所有できるようになる裏で、労働者は延々と働き続けることになります。
またグローバル化が進められて、相対的に弱い国や地域、弱い人が低賃金で働かせられ、地球資源が消費され、自然環境が悪化します。

民主主義が徹底されていないと、資本家が政府に対して献金や寄付を止めるぞと脅しをかけたりして圧力をかけ、資本家に対して都合の悪い政策や制度を回避させることすら起き得ます。

「法人税を上げたらうちの企業は他の国に行っちゃうよ?税収が減るけどいいの?」というようなものです。

 

社会主義は社会主義で、国が市場を統制するので腐敗や独裁に陥りやすいほか、
個人が頑張っても賃金が増えないし、自分が作りたいものを自由に作れないため頑張るモチベーションが上がらず、
結果的に新しい技術発展やモノやサービスの質が上がりにくいというデメリットを抱えています。

 

どういう経済体制がベストなのか、というのは未解決の問題で、
今のところ資本主義経済のメリットが大きいため世界の多くの国が資本主義経済体制を取っていますが、
長時間労働、資源の枯渇、自然環境の破壊、経済格差のような諸課題が重い枷として残っています。

かなりざっくりと説明しましたが、以上のような意味のことを、
詳細に分かりにくく解説されているのが『資本論』だと僕は理解しています。

資本論の本

■僕はどのように生きるか

資本主義社会の中では、誰もが否応なしにその体制に組み込まれます。

資本主義の一番の原動力は、人間の「欲望」だと僕は考えています。

「もっと安全に、もっと豊かに、もっとより良いものを」という気持ちが人間を仕事や勉強などに駆り立てるからです。

「美味しいご飯をもっと食べたい!(by ロニー)」
「もっと楽しいことをしたい!(by ロニー)」
「素敵な彼女が欲しい!(by 昔のロニー)」

こういった個人の欲望が人を必死に働かせ、
会社同士の競争を促進し、
ミクロでもマクロでも資本の増大のベクトルを拡大、継続させるわけです。

頑張って勉強していい学校に入り、
頑張って就活をしていい仕事を見つけ、
頑張って働いてお金を稼ぎ、
そのお金で好きな家や食べ物や趣味の品を買う。

また稼いだお金で本や参考書を買ったり、
セミナーや研修などの費用に充てたり、
転職の間の生活費に充てたり、資格を取得したり、
子供の学費に充てたりして、
もっと多く、もっと長く稼いでいけるような高みを目指します。

 

僕らは大して面白くもない仕事で必死で長時間働くこの状態から抜け出そうと頑張っています。
いわゆる、「ブルシットジョブ」(=「クソつまらない仕事」)などです。
ロバート・キヨサキ的に言えば「不労所得を手に入れてラットレースから抜け出す」のを目指しています。

「FIRE」(Financially Indipendent & Retire Early=経済的自立と早期リタイア)がブームになっているのはその証左でしょう。

 

しかしこうして僕らが頑張って働いたり投資したりすればするほど、
競争は激化するし、資本家は利益を増やすし、資本主義社会は盤石な物になっていっていきます。

かといって、競争しない、働かない、学ばない、といった選択肢を選ばないとお金はなくなるし、出来る仕事もなくなるし、僕が仕事を拒否したら息子のコニーを養えません。

なので出来ることは、その折衷案。

この社会の中で現状できることをしながら、少しずつ資本主義という鎖で出来たクモの糸を身体からほどき落としていくほかにないと考えています。

 

資本主義体制は、大衆の欲望を、国家が(かろうじて)舵取りをしているような社会構造です。

社会や国家や大衆という波は大きすぎて、上に乗ることも難しいし避けることもできません。
地道にパドリングしたり水を被りながら、そのパイプラインの外側に向かっていくのがベターな方針だと思います。

あ、僕はサーフィンやったことないから説得力弱…
この例は無理があるか。

資本主義の奴隷から脱却するためのアクション

資本主義の奴隷の状態から抜け出すには、
無力な消費者であることから、そして無力な労働者であることから抜け出す必要があります。

無力な消費者というのは、
お金がないと生きていけない人のことです。

無力な労働者というのは、
労働力しか売るものがなく、自分で価値を生み出すことが出来ない人のことです。

 

ただ、自分個人が無力な消費者、無力な労働者から脱却するにしても、
資本主義自体はあまりにもシステムとして確固としていすぎて、勝手に崩壊したり治ったりすることは期待できません。
だからうまくやっていかないといけないんです。

資本主義に乗っかって真綿で首を締められる状態になるでもなく、
また資本主義を無視して貧困に陥るでもない、折衷案。

その折衷案の具体的なアクションを考えました。
方針としては、労働ではない自分の時間を増やす、です。

ただしお金を減らしてしまうと現在の資本主義に潰されてしまって危険です。
なので出費を減らしつつ、自由時間を増やすというベクトルを目指します。

一般的に、出費は「浪費」「消費」「投資」の3つに大別できるといわれるので、
その枠組みで考えると分かりやすいかと思います。

まずは無力な消費者から脱却するためのアクションを挙げていきます。

・浪費をなくす

まず第一に、お金や物を浪費しないこと!

スーパーやディスカウントストアで買えば数十円安く済むものを、自販機やコンビニで買ってしまうこと。
エンジニア界隈はみんな怠惰なので、やたらと自販機とかコンビニをみんな使うんですよね。
やめたほうがいいと思います。

現金支払いのためにATMで時間外手数料を支払うこと。
これは僕もたまにやってしまいます…。現金は事前に余裕をもって手元に置いておきましょう。

電灯やエアコンやTVをつけっぱなしにすること。

新しいパッケージになったからといって、食べたいと思って買いに行ったわけではない商品を買うこと。
(ハロウィンパッケージになっても中身は変わらない!)

テレビやWebや看板などの広告で偶然目にしたものを欲しいと思って買うこと。

既に着る服があるのに新しい服を買うこと。

保険の営業マンに勧められたから保険を買うこと。
(10年前の俺)

人に認められたいからという理由で結婚する、家を買う、高学歴を目指すなどなど。

誤解を恐れずに言えば、こういったものはすべて浪費です。

確かに便利だったり、美味しかったり、褒められたり、モテたり、時間が節約できたりします。
しかし極論それがないからといって生きていけないわけではないですし、
そのお金を稼ぐためにさらに働き続けなければいけなくなります。

まずはこういった浪費をしっかり見据えて、出費を押さえることが第一です。

 

一度「何もお金を使わない」期間を作ってみるのは良いと思います。

僕は2019年に世界一周の旅から帰ってきたとき、一文無しになって、クレジットカードの借金が30万円以上ある状態でした。

それまでは「まぁ大概のことは何とかなるし、少しずつ働いて返せばいい」という思考回路でしたが、
妻と出会って結婚したことでそこにテコ入れがなされて、
完済までの間、全ての消費を最低限に抑える生活をした経験があります。
休みの日もバイトを入れて、ひたすら完済に向けて生活しました。

この時は生活レベルを下げてあらゆることを我慢することにとても苦しみましたが、
それを乗り越えたからこそ、借金の怖さやお金を使わないで生きることの重要性を知れた気がします。

ぶっちゃけて言えばその半年間だけで思考回路が変わるほど甘くはなくて、
そこから何度も妻と揉めたりしました。
そして子供のコニーが出来たりして、ようやっと本当の意味で浪費をしないということが身に染みてきたと思います。

まぁまだ一度は丸の内でランチとかしてみたいし豪華クルーズ船とか乗ってみたいけどね。(欲望)

・消費を減らす

浪費がなくせたら次のステップで、「消費」を減らします。

消費とは、生活に必要不可欠な出費を指します。

浪費を、「出費で支払う価値>そのリターン」とするのであれば、
消費は、「出費で支払う価値=そのリターン」です。

生きるための必要十分な出費なので、基本的な学習費用や交際費、適度な娯楽や嗜好品の出費も含めていいと僕は考えています。カフェとかさ。

生きるためには、心身ともに休息し、生きがいを感じてまた明日働くためのモチベーションを養うことが必要ですからね。
(仕事=趣味で24時間365日働けるような人もいますが、例外です。)

 

それを踏まえた上で、消費を減らしましょう。
必要だと思う消費自体も、欲望をよく見据えて、絞り込むということになります。

これは痛みを伴います。

ボロい家に住んで家賃を下げる、
外食を減らす、
高い食材を選ばない、
遊びに行かないとかです。

 

僕はかつては生きがいだったバンドもマンガもカフェ巡りも今は全くしていません。

今でも年に1回程度は友達に誘われてスタジオに入ることはあるし、
マンガはアプリで無料の範囲で読むし、
友達や家族とカフェに入ることはありますが、
俯瞰してみるとほとんどお金を使わなくなりました。

一人暮らしのときは毎月バンド関連に5万円、カフェとコーヒーに3万円、本とマンガの購入に1万5000円くらいずつ使ってました。毎月。

本も今では8割図書館、2割が古本です。
たまに新品を買うこともありますが、大体それは会社経費の技術書です。
安く済ませることが可能です。

 

大好物のアボカド、アーモンド、サーモン、ベーコンなども滅多に食べてません。
どれも1年くらい買ってないんじゃないかな。

旅前に節約のために2日に一遍くらいの頻度で通っていた牛丼屋ですら、外食をほぼしなくなったことで行かなくなりました。

結婚後、外食は安いサイゼリヤによく行くようになったんですが、
最近ではそのサイゼリヤにすら誕生日のときくらいしか行かなくなってしまいました。

この辺はいまだにストレスがありますが、
段々慣れてきます。

見切り品の質の悪い食材や業務用の鶏肉を買って、
毎日同じような食材を色々工夫してバリエーションを増やしています。

最近は鶏肉も卵も高騰してしまったので豆腐と納豆率が増えてしまって悲しいです。
でもなんとかなるもんです。

 

こうして支出を減らして生活の質を下げてなんになるの?
と思いますよね。

僕はこれは欲望をコントロールするための修行だと捉えています。

 

お金がないと不幸、お金がないと生きていけない、という状態から抜け出すのが目的です。
生活レベルを下げて、稼ぐ金額がほんの少しでもストレスなく暮らしていければ、
まず人生の大半を労働に費やす必要もなくなります。
加えて、お金を使わずに楽しんで生きていく方法も徐々に見つけていけます。

すると自由な時間が増えて、その時間で色々楽しめるようになります。

ゆっくり寝て体力をしっかり回復し、
本を読んだり、自然と触れ合ったり、友人と語らったり、家族と過ごすことなどが僕にとっては幸せなので、より幸福な日々を重ねていけます。

欲望のコントロールのために、消費を減らしてみましょう。

・投資を適切に活用する

「投資」は細分化して考える必要があると考えています。

自己投資、即ち人間性を磨いたりスキルを磨いたりするための勉強や練習だとか、
健康の維持増進のための出費はする必要があります。
人間関係を円滑にしたり、助け合える知人友人を増やすことも投資と言っていいでしょう。

(20代の頃、当時の彼女が「自己投資って、ネイルサロンとかエステとかそういうもの?」って言ってて、それは浪費かな、って思ったのは懐かしい思い出。正面から否定しちゃって悪いことしたな。。)

ただ、一般的に言われる、資産運用や投機を指す「投資」は、
資産の目減りを防ぐという意味ではほぼ消費に該当しますし、
不労所得の獲得という意味でいうと、
これはミクロ視点で自分自身を労働の呪縛から解放するメリットがある一方で、
マクロ視点で社会的な資本主義を増強させていくデメリットが表裏一体で付いてきます。

なので、資産運用・投機における投資は、
自分が資本主義からの脱却を目指す上では、勧めることもできないし、避けるべきでもないです。

 

資産の目減りを防ぐためには投資はした方がいいです。

本来の投資の意味を考えてみます。

社会的なインフラ整備や大規模なビジネスをする上では、多額の資金が必要です。
ダムを作るとか、造船とかそういったものにはお金がかかる。

お金が余っている人がお金を必要とする人に一時的に貸しつけて、それによって生まれた大きな利益の分け前をリターンとして受け取るところから、投資は始まっています。

なので余剰資産を貯めこんで社会に還元しない、ということによる社会経済の機会損失を防ぐために、投資は適度に行った方がいいはずです。

(そういう僕にはそこまでの余剰資産はないけども。)

ただ、過剰に競争したり、使う当てがなく単にお金を増やすことを目的にして投資をするのは、マクロ視点で逆効果。
投資を促進すればお金を多く持っている人にさらにお金が偏っていき、格差が広がり、労働者と企業のパワーバランスが崩れます。

個人の利益だけを考えれば投資を大いに行って資産を増やすのが良いですし、それによって社会経済も発展していきますが、
結果的に将来の自分や家族、仲間、自分の子供、子孫が苦しんでしまうことになるならば、独善的に動くのは避けたいものです。

なので、投資は適切に活用すべき、と僕は思います。

僕も株、投資信託、金、外国為替などの形で投資はしてるけど、その辺のネタって需要あるんだろうか?
おっさんが「今日は株を利確できて35円儲けた!やった!」とか言うの聞いてもおもんないですよね。

・浪費と消費と投資の境目

消費と浪費も、消費と投資も、その境目はあいまいです。

例えば生きるためのたんぱく質、必須アミノ酸の摂取。
単価の高い牛肉や魚などは浪費に当たって、鶏肉とか卵とか大豆製品は消費に当たるのか?
(ちなみに我が家のこと)

セミナーに行ったり本を読んで得たノウハウを活用してお金が稼げたりすれば投資ですが、
結果的に役に立たなかったら?
ただの消費になってしまいますよね。
(これも大概ロニーのこと)

出費は厳密には「浪費」「消費」「投資」のくくりに関わらず、よく精査して扱うのが良さそうです。

無力な労働者からの脱却のアクション

もう一度書くと、無力な労働者というのは、
「労働力しか売るものがなく、自分で価値を生み出すことが出来ない人」のこと。

資本主義の中ではすべての人がお金を増やそうとするので、
果物とか木の実とか薪が手に入る森だとか、
金属資源が取れる鉱山だとか、そういった無料の富はすぐに儲けを狙う人たちによって私有されます。
僕が狙っていた近所の公園の柿の木も、実が熟した瞬間にみんな無くなってました。

ちなみにこういった水、環境、教育のような共有の資産をマルクスは「富」と呼びます。
富とは今我々が使っている一般的な意味でいう、潤沢なお金のことではありません。

資本家は、私有した土地を遊ばせておいても勿体ないので、活用してお金を生み出そうとします。
空いた土地であっても駐車場とかゴルフ場にしてお金を稼ごうとするのが例ですね。

そうすると資本を持たないロニーみたいな下々は、
住むためにも、食料を得るためにも、家賃とか食費とかを払わないといけなくなる。

 

資本主義社会では、効率よく利益を出すことが求められます。
仕事で効率化を進めていくと分業が進んで、そこで働く人は自分に割り当てられた特定の一部分だけのスキルに特化し、全体像が見えなくなります。

もし全体像が分かる人がいるとその人は自分でビジネスを立ち上げて競合になるので、企業としては分業にしてお互いがお互いに依存している形にした方が安心です。
(もちろん企業は実際にはそこまで考えて人を配置させることはまずないと思いますが。)

 

さらに人は実生活でもコストパフォーマンス、タイムパフォーマンスを上げるためにどんどんスキルを外部委託していきます。

出来合いの総菜、レトルト食品、カット済み野菜などを活用して料理の手間をなくし、
ルンバや食器洗い機などの便利器具や、ベビーシッター、家政婦のようなサービスを使って家事もしなくなってきています。

僕が憧れているまこなり社長とかしぶさんとかはそういった便利グッズやサービスを積極的に活用してます。

でもそれが当たり前になると、本人はさることながら、その環境で育った子供などが、料理や買い物といった家事などのスキルを得られずに育ってしまうので、怖くもあります。

料理はお金を払って料理しないと出来ない。
買い物でも適切な物を比較検討して選べない。
壊れた家具家電は買い直したり修理に出さないともう使えない。
これって便利なようでいて不便ですよね。

あらゆる企業は、日常の不便を解決し余暇の時間を増やすという名目で様々な便利な物やサービスを用意してくれます。
でもその結果、利便性を追い求める労働者たちがお金を払わないと何もできない、という状態に陥っていく構図が、資本主義には備わっているわけです。

 

ここから脱却するためには、労働者は常に、物事の本質や全体像を捉えて、
「自分でも同じビジネスを再現して資本を増やす活動ができるか?」という視点を持つことが重要です。

例えば会社でアプリ開発をやっているのであれば、
どういう風に営業して、要件定義して、設計して、インフラはどうなっているのか。
インフラのサーバやネットワーク機器や、AWSを使っているのであればその内部はどのように作られているのか。こういったこともすべて学んだほうがいい。

実生活でいえば、
どういう食材をどこでどういう風に手に入れて、調理して、片づけるようにすれば健康を維持して美味しい食事を継続できるかとかを考えて行動する方がいいです。僕はそうしてます。

家のどこかが壊れた、家電が壊れた、といったときは自分で修理してみる。
修理出来るだけの知識や道具を持っておくようにするのが、脱却の糸口になります。

先日僕は壊れたホットプレートを直しました。おかげで美味しい餃子が食べられています。
(それにコニーの布おむつ用のさらしを使って親戚の結婚式に参加するときのポケットチーフを作ったことは内緒)

なので、DIYとか、釣りとか、家庭菜園の野菜の栽培とか、そういった趣味はお金依存を減らして無力な労働者化を遠ざけてくれます。

より簡略化すると、
「自分が今持つスキルや知識で周囲の人と物々交換で暮らしていけるかどうか」
を問うて指針とするのがいいと考えています。

 

今の自分は、普段からこういったことを考えて生活しています。
こういった人が増えれば、労働者は企業や資本家に対する競争力を得て、
労働時間の短縮であったり、起業して自分自身が自由に采配できる生産者として生きていく道筋が生まれていきます。

これは自分自身の人生をコントロールし、幸せな人生を獲得していくことに繋がっていきます。

■最後に

かなり長い文章になりました。

以上が僕の『資本論』との関係性と『資本論』の超概略とその捉え方。
そして資本主義社会に包摂(巻き込まれること)されている中で、
どうしたら自分の人生を自分でコントロールし幸せになれるかの具体的な考え方とアクションです。

大部分が、佐藤優、池上彰、斎藤幸平らの主張と一致しているのは、
まだ僕が彼ら先人の主張以上により良いと思える答えが見つかっていないからです。

実際の自分の行動結果や、読書、学習、仕事などからのフィードバックを肉付けしていって自分なりの答えを見つけ出す、
その途上にいると思っています。

 

さて、アクションについてもう一度振り返ってみます。

・浪費 (完全な無駄)をなくして出費を減らす。
・消費を減らしてお金に頼らない生活、欲望をコントロールする力を身につける。
・投資を適切に扱って、資産を目減りさせない。
・また投資による資本主義の過剰な拡大、マネーゲームに陥らないことを意識する。
・仕事(生産活動)の全体像を学んで自分でもビジネスを再現できることを目指す
・自分自身で物を生み出したり直せるようになる
・他にも助け合いや物々交換で暮らしていけるようなスキルを身につける

 

資本主義に包摂されてしまうと、生活のすべてにおいて「いかにお金を多く持つか」に価値観が集約され、
お金を持っている人を過剰に重視したり、人の行動基準がお金を増やすことばかりに行ってしまいます。

そしてその結果、本来は「幸せ=お金を持つこと」ではないはずなのに、
思考回路がそうなってしまって、お金を持つことに人生の時間をつぎ込んでしまうことになります。

お金を稼ぐことも、持つことも、増やすことも、悪い事じゃないし、かといってそれ自体が最善でもない。

「モノそれ自体の有用性」という意味である「使用価値」という視点で見た場合、
お金は便利な道具にすぎません。
その道具に人が翻弄されて主観的な幸せを見失ってしまうのは残念なことです。

 

みんながやりたいことを出来る時間やスキルや考え方を得て、
幸せに生きていける世の中を共に形作っていきましょう。

今回は以上!
モイモイ!

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