不定期ながらブログ更新~。
暑い日が続きますね。
6月としては記録的な夏日続き、これは果たして異常気象なのかどうなのか。
節電と熱中症予防の板ばさみに悶々としながらも、
結局冷房を効かしている各施設の恩恵にあやかりつつ、都心での日々を過ごしておりますロニーです。
さて、今日はちょっと生きることについてしゃべくろうと思います。重いですね!
というよりかは人口と環境について。
皆さん現在の地球の総人口、把握していますでしょうか。
世界人口は2011年7月5日19時現在 約69億4942万2000人とされています。(世界人口ウェブサイトhttp://arkot.com/jinkou/参照)
今年10月末には70億人突破するとか。
なお日本人口は今年の4月1日で約1億2797万人だったそうで、日本国内だけで言えば人口は減り続けています。
とはいえ個人的には人口が少ないとは全然実感できません。
田舎の過疎化に対して都心部に人が集中していることからか、
都心暮らしをしている身としてはやはり小学校の頃に比べて人が増えたように思います。
電車とか、駅付近の人の多さには日々驚かされています。
もしかしたら小学生の頃と比べて体が大きくなったことから、
相対的に圧迫感を感じているだけなのかもしれませんがね。
経済発展を第一に考えるのであれば人口は確かに多いほうがいいのかもしれません。
労働力としても、市場としても人が多いほうが生産も消費も活発化され、
お金の流れはよくなるに違いないでしょう。
しかし労働力・市場の大きさが重要なファクターである大量生産大量消費を象徴とする経済発展が、様々な環境問題を生み出し増長し今もなお進行させていること、これは今や一般的に周知のこととなっています。
人が増えれば当然ゴミは増えるし、皆が車を使用すれば排出されるガスも増える。
生活に必要なエネルギーがより多く必要となり、化石燃料を燃やして発生するNOXやSOX等によって雨もより酸性化され、温室効果も高まる。
増えてゆく人口に比例して必要となる木材等の天然資源も増加し、
植樹植林をしたとしても追いつかないほどの伐採が行なわれている。
自然にとって人間の存在は邪魔なものなのでしょうか。
半分はそうであり半分はそうでないと言えるでしょう。
人間という生物だって当然存在する必要のないものではない。
問題なのは人間が中途半端に高度な知識を持ち、環境を破壊する力を得た上で、
その大多数が自然環境との共存を第一に考えていないことです。
生態系を大きく破壊しないよう、
自然を常に意識し持続可能な中での成長・発展を考える必要があるのに、
多くの人が未だその重要性を感じていないことがマズイのです。
自然環境というのはうまくできていて、地球の中で全てがバランスよく存在し循環し変化していくようになっています。
勿論更に大きな視点から言えば、
太陽の光を頂いているという意味で太陽系というくくりでもバランスが保たれていると言えます。
生態系の中では、草食動物が植物を食べ、草食動物を肉食動物が捕食し、
その力によって食べすぎて殖えすぎた肉食動物はやがて食べるものが無くなり、餓死して数を減らす。
(そして屍骸は微生物によって分解され、無機物となって植物の糧となる。)
結果バランスが保たれる・・・という構造にあります。
雑食であり生態系の中では高位に位置する人間が、
地球によってバランスを整えられるとすれば、それは食物が無くなる事によって成しえられるのが自然の流れなのです。
それがいやなら子供を作るなと。それが自然環境内での生物的な課題であるでしょう。
既に生きている人間を減らすという手段が取れない以上、
出生率を下げるしかないわけです。
誰が死ぬかを選ぶ権利など当然誰も持っていないからである。
少し話がそれますが、福祉や教育で高水準を誇るフィンランドは、
適度な労働量で社会がしっかりと回っており、例えば公務員である警察官などは休みをとる義務が課されていたりします。
どの仕事でも休みが充分有るそうで、税金が高い代わりに学校教育や病院・治療費用、介護費用などはかなり安くすむようになっています。
因みにフィンランドの人口は2010年で約525万人でした。
これは東京都民の約半分であり、日本人口の約24分の1以下です。
湖や森が多く、夏には家族で田舎のコテージに行き、釣りやBBQなどをしてゆっくりと過ごすのが一般的です。
ヘルシンキなど都市部では狭い家も勿論あるでしょうが、東京ほどの密集率ではないはずです。
因みに人口密度で言えば、日本が336人/1k㎡ に対してフィンランドは15人/1k㎡です。
森にある木の実や茸は自由に摘んで食べてよいとされているし、
自由に魚を釣っておかずとしてよいそうです。
これは人口に対して自然の占める割合が多いことから寛大に許されていると考えられます。
毎日他人とぶつからないように意識して歩き仕事する日常と、自然に囲まれてゆったりと暮らす日常を比べれば、どちらがより「生物」らしく、豊かに生きていると言えるでしょうか。
長くなりましたが、つまるところ、
わざわざ人口を増やして苦しい思いするのは他ならぬ人間自身であるというのに、
いつまで現在の状況を放っておくのか、ということ。
同様に自然環境を破壊してしっぺ返しを受けるのは人間自身であり、そこには被害を受ける様々な動植物も存在するということ。
人口と環境のこと、もっと真剣に考える必要がありますよね。
と今更ながら再認識したのでつらつらと書いてしまいました。
災害という非日常的な事件をきっかけに、もっとみんなが自然と共に豊かに生きることを考えてくれたらなと切実に願っております。
ではまた。


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